▶6月19日、太宰治に宛てて。

1909年(明治42年)6月19日、文豪・太宰治が生まれた。

2025年(令和7年)3月21日・22日、シスタービープは第4回公演『新・家庭の幸福』を上演しました。この作品は言うまでもなく、太宰治の作品『家庭の幸福』を原作とするものです。

『新・家庭の幸福』を上演した当日に会場で配ったテキストを、今日6月19日、太宰治に宛ててみることにする。

シスタービープ第4回公演『新・家庭の幸福』

 いま、ここに何かを書こうとしている。

 太宰治が偶然にラジオの街頭録音(政府の役人と民衆が街頭で意見を述べ合う)を聞いて、役人のヘラヘラ笑いに憤り『家庭の幸福』という作品を書いた様に、そんな偶然がないものかとテレビの報道番組をつけてみたものの、やっているのは大谷翔平の特集である。僕がここで語るまでもなく世の人々が知る、あの笑顔が映っている。

 ここに書こうとしたものがないわけではない。

 1,284字のメモが残っている。それは、『新・家庭の幸福』を書き始めた昨年4月に考えていた事を、ここに書くために記しておいたものなのだ。しかしいま、どうにもそれが本当の事を書いている様には思えない。
 いや、そのメモには、太宰治が書いた『家庭の幸福』を、”家庭の幸福”というものを、僕はどういう風に引き継ごうと思っているのかを細かく書いてある。それをもとに『新・家庭の幸福』は書き始められたのだから、噓ではないはずなのだ。しかし、どこか本当とも思えない。困った。

 ひとつには、初稿から第三稿(これから上演するもの)へと至るプロセスの中で、僕にとっての本当というものが変化している事があるのだと思う。ゆえに僕はいまここで、ちょうど過不足なくしっくりくる言葉を探し直す。
 ――思えば、太宰治の『家庭の幸福』も、言わばとてもプロセス的な作品で、作者において思考が展開するプロセス、小説が生成するプロセスを見せられるのだった。

 役人のヘラヘラ笑いに憤った作者は、その役人の生活形態、ひいてはその”家庭の幸福”について空想し始める。ただしその空想は途中で中断され、作者は別の空想を思いつく。そこには、もはやさっきの役人は登場せず、”家庭の幸福”のためにひとりの女が玉川上水で自死をする――そのような短篇小説の筋書を披露し、そうして「家庭の幸福は諸悪の本(もと)」だと結論してこの作品を終える。

 そう、玉川上水である――これを書いたのちに太宰治自身もまた、そこで自死をするのだ。

 奥野健男の『太宰治論』1を踏まえて僕なりに考えてみると『家庭の幸福』を書いた頃の太宰治作品は、それまでの奉仕的な作品から攻撃的なものへと転じている。そもそも、太宰治という人は自己嫌悪から出発していて、それが「他の為」という奉仕と結び付くことで彼はそれを乗り越えようとする。しかし、やがてそれは「他に対する積極的な攻撃」に転じてしまい、ついには罰としての死(自死)に至ることになる。

 そしてここで、岡田斗司夫2が、マザー・テレサによる「愛」と「無関心」の対置をもとに「おっかけ」と「にくしみ」を対置し、そうしてそれらを無関心→おっかけ→愛→にくしみ→無関心…とループするものとして考察した様に、さっきの言葉を自己嫌悪・攻撃(他者嫌悪)、奉仕(利他)・自死(利己)として対置する時、これらは自己嫌悪→利他→他者嫌悪→利己→自己嫌悪……としてループするものとして捉えられると思った。

 シスタービープがこの作品を引き継ぐのなら、その繋がる先は死ではないところだ。

 太宰治の「攻撃」までは引き継ぎつつも、死に至るループを切断する。そのために必要なのは、相手を攻撃しつつも同時に自らもその中で揺さぶられ、互いに生成変化してゆくプロセス――やや安易かも知れないが対話である。

 『家庭の幸福』で作者は、役人が実情を一言も語らない事を攻撃している。しかしそこに対話を持ち込み、死に向かうかも知れなかった主体に変化をもたらし、この作品を引き継いでみようと思ったのである。

 と、何やら、書き始めてみれば書けたのである。あぁ、よかった! しかし、これが誤差なく本当の事なのかは分からない。劇を観たあなたは「噓じゃないか」と思われるかも知れない。でも、こう考えてみたのです。

シスタービープ オカザキケント

  1. 奥野健男「太宰治論」(『昭和の作家たち』Ⅲ[英宝社]1955年8月)、『KAWADE 夢ムック文藝別冊 [総特集]太宰治』p.183~p.194、河出書房新社、2009年 ↩︎
  2. 岡田斗司夫『#010 「ニコ生的幸福論」~オタクが幸せになる方法、教えます~201203』、YouTube、2016年7月9日 https://youtu.be/pAElcXyQddM?si=xX72IRJ48dF_cex0&t=1962 (2025年3月20日 参照) ↩︎

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