
2026年秋。
シスタービープの6回目となる本公演『新ハムレットの亡霊』を、高知県内2会場で上演!
ウィリアム・シェイクスピアの名作『ハムレット』と太宰治の小説『新ハムレット』を下敷きに、現代的な問題意識からの再解釈可能性――亡霊――によってそれらを新たな「復讐劇」として再構成します。
|Story|
劇団員たちへのハラスメントにより、
劇団代表で演出家の大崎大王が追放された――
それから二ヶ月が経った。
新たに劇団代表となった黒田アスカは、
作品の演出も自らが引き継ぐ形で公演を続行し、
愛するこの劇団の立て直しのため躍起になっている。
しかし、大崎の絶大な才能に比べれば、
黒田はどうしたって圧倒的に、力不足なのである。
本番が目前に迫るなか、
俳優の葉村玲央はこの状況をひどく恨んでいる。
そこに、大崎からの声は届いてくる――
『新ハムレットの亡霊』
作・演出|オカザキケント
原作|ウィリアム・シェイクスピア『ハムレット』
太宰治『新ハムレット』
出演|
葉村玲央 役 しゅん
黒田アスカ 役 中村恒太
大崎大王 役 オカザキケント
日時|
〈蛸蔵公演〉
2026年
9月 5日(土) ①19:00 開演
9月 6日(日) ②11:00 開演
〈絵金蔵公演〉
2026年
9月12日(土) ③19:00 開演
会場|
〈蛸蔵公演〉
ミニシアター蛸蔵(高知県高知市南金田28)
〈絵金蔵公演〉
絵金蔵(高知県香南市赤岡町538)
スタッフ|
美術 いりえまゆか
制作 オカザキケント、マユッキー
音楽・SE 山﨑康弘
宣伝美術 立木幹生
映像記録 西森達也(NIBIIRO)
公演サポーター|
森崎貴彦
角田洸優
峯山こころ
堀倫太朗
谷口聖奈
舞台写真|
〈蛸蔵公演〉
〈絵金蔵公演〉
上演にあたって(公演パンフレットより)|
どういう話から始めればいいだろうか。
まず、この作品について、僕は、時々変な事を思う。この作品に登場する「葉村玲央」という人物の名は明らかに「ハムレット」という名を想起させるし、それを踏まえてこの作品で立ち上がる状況やセリフを考えるならば、それはなおさら明らかに『ハムレット』であり『新ハムレット』なのである。
そこで、こう思うわけである――そうした『ハムレット』的・『新ハムレット』的である事に関して、作中において一切の言及がないのは、この作品世界内にはウィリアム・シェイクスピアの『ハムレット』も、また無論太宰治の『新ハムレット』も存在しないからなのだろうか? 逆に、もしも存在するのなら、それらについての言及がなされないのは、作家である僕の都合の良い沈黙なのだろうか? ――葉村玲央とは誰で、何なのだろうか?
安心し給え。私もそれに就いて、考えた。(太宰ぶった口ぶりである。)
この作品内において、葉村玲央という名前も、またシェイクスピアや太宰から借りてきた特定の状況もセリフも、それらは必ずしもそれでなくてよかったものなのだ。この作品世界においてそれらは、いずれも代替可能なのであり、例えば「葉村玲央」は「山田太郎」であったとしても構わなかった。
つまり、「葉村玲央」と名指されたその人物もその状況もそのセリフも、言わばそれらはxなのである。この作品に登場する「葉村玲央」という名前も特定の状況も特定のセリフも、xに代入されたひとつの値に過ぎず、『ハムレット』や『新ハムレット』への自己言及の有無は問題とならない。それらは単なる値の操作なのだから。
そしてそこにおいてより重要となるのは、この作品という場所が、いかに代入可能性に開かれたxであることができるか、という点ではないだろうか。
『新ハムレットの亡霊』=xという式になるとは限らない。『新ハムレットの亡霊』=2xかも知れないし、また、『新ハムレットの亡霊』=2(x+y)+3(2x-1)-y²かも知れない。と言うのも、作品やテクストとは、いかようにも断片化され、切断され得るものだからである。
『新ハムレットの亡霊』はxにもyにも、いかようにも断片化され得る。そうして、切断された断片たちは、僕に或いはあなたに固有の環境やコンテクストに送付され、時に新しい意味を見出される。この、新しい意味を見出すという作業こそ代入に他ならず、そのような代数性といかなる代入可能性をも『新ハムレットの亡霊』は拒めない。
いやいや、そもそも僕らは今公演の創作において、そうした断片化と代入によって『ハムレット』や『新ハムレット』を『新ハムレットの亡霊』へと書き換えてきたのだった。
そうして、『ハムレット』→『新ハムレット』→『新ハムレットの亡霊』への書き換えを可能にするもの、すなわち、それぞれの作品に宿る切断可能性・代入可能性を指す言葉として、思想家ジャック・デリダから「spectre」=「亡霊」を借用して、この作品は『新ハムレットの亡霊』と名付けられ上演を迎えるのである。
シスタービープ オカザキケント
【追記:絵金蔵公演に宛てて】
高知市の蛸蔵で本作の上演を終え、これから控える絵金蔵での上演に宛ててこのテクストを追記している。
会場となるその場所には、絵金の芝居絵屏風が何枚も開かれている。そうして、そこには歌舞伎や浄瑠璃といった芝居の場面を題材にした絵が展開する。
それらは芝居=全体に回収される場面=部分であると同時に、そうした芝居とは異なる文脈・再解釈にも挿入・送付され得る断片でもある。
場面=断片を描いた絵の、そうした亡霊性が本作の亡霊性と共鳴する――絵金蔵という場の持つ力を、 “エクリチュール装置” として借りて、この『新ハムレットの亡霊』を絵金蔵で立ち上げたい。
本公演のためにご理解とお力添えをいただいた絵金蔵の皆様に、感謝申し上げる。





































